「ハローキティ・ストア」イスラエル進出の背景を考える(6)

パレスチナの平和を考える会のニュースレター『ミフターフ』30号(2011年8月発行)に掲載された記事(著者・役重善洋)を転載します。一部、修正・追加をしています。(→連載第1回

〜サンリオのイスラエル出店が失敗する可能性のきわめて高い理由


サンリオ幹部が、イスラエルは「経済危機を生き抜いた」と評価した状況の背景には、占領の代価を占領地あるいはイスラエル領内のパレスチナ人に払わせるだけでは間に合わず、イスラエルユダヤ人低〜中所得者層までをも踏み台にするという、ネタニヤフ政権の民族差別と階級差別にもとづく極めて近視眼的な経済政策がある。在日イスラエル大使館が立ち上げている経済部専用のウェブサイトでは、一貫してイスラエル経済の「好況」が伝えてられているが、占領地に関わる言及はもちろん一切ない。日本の経済紙が好んで取り上げるイスラエル経済に関する記事も、やはり同様の論調で、占領地を明確に含んでいるイスラエル経済圏に、パレスチナ人は存在していないかのような記事がほとんどである。

それらの記事が無視しているもう一つの重要なイスラエルの現実は、「中間層の消滅」と言われる事態である。イスラエル経済の最底辺には、被占領地のパレスチナ人が位置づけられ、イスラエル領内においても、下層から上層に向かって、大雑把にみて、イスラエル国籍をもつパレスチナ人や移民労働者、ミズラヒームと呼ばれる東洋系ユダヤ人、そしてヨーロッパ系ユダヤ人(アシュケナジーム)の順で民族的に階層化された社会構造がある。1980年代までは、非ユダヤ人を排除するかたちでユダヤ人市民に対する比較的安定した社会保障政策が取られてきたが、その後のネオリベラル政策は、イスラエル中間層のマジョリティを占めていたヨーロッパ系ユダヤ人においても多くの「脱落者」を生み出し、より少数の特権階級(政府と癒着した財閥や、運の良いベンチャー・ビジネスの成功者)への資本の集中という状況が生じたのである。その結果、1988年に33%だった「中間層」(世帯収入中央値の75%〜125%の世帯が占める割合)は、2010年には25%にまで縮小した。この傾向は、貧困層の増加と確実に結びついている。2008年の政府統計では、「貧困層」(収入中央値の60%以下の人口が占める割合)は、EU平均の16%に対し、イスラエルでは29%にも上る。

オスロ・プロセスは、占領の矛盾を「和平」の名の下で覆い隠すことによって、イスラエル経済の民営化・グローバル化を円滑に進めることを可能にしたといえる。しかし、そのオスロ・プロセスが完全に行き詰まっている現在、状況は大きく異なる。ネタニヤフ首相が唱える「経済的和平」を信じ、支持する階層が、パレスチナ人のなかに存在しないことはもちろんのこと、イスラエル人のなかでもごく少数の特権階級に限られつつある。

そうしたなか、テルアビブ近郊のギヴアタイムという、ヨーロッパ系ユダヤ人が大半を占める町に、「中間層」をターゲットとして出店したと考えられる「ハローキティ・ストア」が商業的に成功する展望は、決して明るいものではない。サンリオは、2001年にも「ハローキティ・ストア」をテルアビブの高級ショッピングモールに出店しているが、わずか数年で事業に失敗している。イェディオット・アハロノット紙の記事では、フランチャイズ契約した現地企業との協力関係の失敗がその原因として述べられているが、実際には、前年から勃発していた第二次インティファーダを原因とするイスラエル経済の失速(2001年と02年はマイナス成長)が実質的な原因であることは明らかである。サンリオが商機だと考えた現在のイスラエルにおいて、自爆攻撃こそなくなったとはいえ、経済的な矛盾は、さらに深刻の度を増しているのである。